2010年03月06日
雨の啓蟄。
“啓”は『ひらく』、“蟄”は『土中で冬ごもりしている虫』の意で、 文字通り地中で冬ごもりしていた虫が春の到来を感じ、草木が芽吹く と同時に地上へ這い出してくるという意味です。
松山市役所の前では、土を掘り返し、何か作業をされていました。
突然、掘り返された土中の虫達がビックリしたかもしれませんね…。
少しずつ暖かくはなりましたが、私は毎朝、布団の中でいつまでも丸まっていたいです…。
春は待ち遠しいんですけどね…。
リーズ城の内観です。
石造りの建物にあまりなじみのない私は、お城の中に入った瞬間にかなり興奮し始めました。
数々のきれいな装飾品に目を奪われてしまったのです。
日本語のガイドを片手にゆっくり、じっくり城内を観て歩きました。
今日のブログには載せきれない写真も撮りましたが、ほんの少しだけ紹介させていただきます。
城内に入ってすぐには、お城の歴史と装飾品の展示がしてありました。


女王の間です。
女王の部屋のマントルピース(暖炉)の上には、イングランドを表す三頭のライオンとフランスを表す三つのイチハツの花が盛り込まれているキャサリン女王の紋章が飾られています。
夫のイングランド王ヘンリー五世が逝去した時、彼女は21歳のフランス王女でした。
その後すぐに彼女はウェールズ人の衣装管理係のチューダーと恋に落ちましたが、ロマンスが発覚すると二人は投獄されてしまいます。
女王は後に釈放され、チューダーは脱獄に成功。二人はその後密かに結ばれ、息子エドモンドがのちのヘンリー七世の父となり、ここにイングランドのチューダー王朝が始まったということです。
イングランドの歴史がロマンスから生まれていたなんて、知りませんでした。

ベイリー婦人の部屋には、婦人が幼少期に身に付けていたドレスや、1920年代らしいデザインの靴の数々が収納されている靴箱の展示もありました。
時代を感じますね。

ブーダンがデザインしたベイリー婦人の寝室です。
鳥好きな彼女のために、随所に鴨や鷹など、中国の赤絵による置物が配されています。
ブルーの色調が静謐を漂わせています。
この部屋には、18世紀初期のRegence様式のフランス風寝室で、いくつかのドアが隠された鏡板が取り付けられています。
左の写真は図書室です。
棚にあるのは、最後の所有者であるベイリー夫人の収集による本と、その父の図書室からの本で、その上には18世紀の中国と日本の花瓶やその他装飾品が置かれています。
部屋は17世紀後期風にデザインされています。
図書室の奥には、ダイニングルームがあり、イングランドとフランスの両方の様式の家具と装飾がうまく溶け合ったインテリアになっています。
テーブルの下に敷かれた象牙色の花模様のカーペットは、後にケネディ大統領のホワイトハウスにも敷かれていたそうです。
お城の東側には、鳥舎や迷路と洞穴、温室とぶどう園があるようですが、ツアーの限られた時間では周りきることは出来ません。
また、いつか、ゆっくり時間をかけて足を運んでみたいと思いました。
ちなみに、ゴルフコースもあるようですよ。
四ヶ月かけて、ゆっくり更新してきたイギリス旅行記は、今日で最後です。
もう少し、ご紹介したかった街や村もありますが…。
またの機会にすることにします。
長い間、おつき合いいただきましてどうもありがとうございます。
ブログを読んでいただいているアマンジオのお客様からも
「自分がイギリスに行った気分になれて楽しいです。」
という、嬉しいお言葉もいただきました。
次は、いつ、イギリスに帰ることが出来るかわかりませんが、たくさんの心残りを残しているので時間を作って早めに戻りたいです。
そして、マッサージの先生のアンジーのもとで少しセミナーにも参加したいですね。
イギリスの文化を知っていく中で、自分自身が日本の文化をまったく、わかっていないことにも気がつかされた再渡英でした。
少しずつ、日本の文化にも触れる時間を作りたいと思います。
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