2010年04月16日
冬の寒さが戻ってきましたね…。
お花見もしたし、街中の花壇の花々が満開ですっかり春気分なんですけど…。
出勤するときにGジャンを着ていましたが、この二、三日はダウンジャケットを選んでいます。
おかしな天候で体調を崩さないように気をつけたいですね。

「今年もきれいな桜が満開です。」
父からの定期便が届きました。
実家の近くで色づく桜は、やはり松山よりも少し遅いようです。
この写真の桜を私達は「おばあちゃんの桜」と呼んでいます。
父方の祖母は私が小学校6年生の時に亡くなりましたが、私の実家から歩いてすぐの場所に住んでいた祖父母からはたくさんのことを教えてもらいました。
この「おばあちゃんの桜」も祖母との大事な想い出の一つです。
私が通った小学校、高校の通学路で色づく桜は祖母が長年かけて植樹した桜です。
どういったいきさつで祖母が桜を植えようと思ったのかは、うろ覚えなのですが、とにかく、きれいな街づくりを目指していたことは確かです。
通学路から見下ろすことの出来る写真の桜と道路を挟みその反対側にも桜は花を付けています。
場所によっては、この二箇所の桜が通学路の上を結ぶアーチのように見えることもあり、出来るなら「おばあちゃんの桜」が満開を迎える時期に帰省をしたいと思うこともあります。
谷から山を切り開いて通っている通学路の両脇は草が生え、その草の中にたくさんのごみが隠れているようなところでした。
その惨状を悲しく思った祖母はまず、ごみ拾いから始めたのです。
祖母のその姿を見て同居している伯父、従姉達、そして父と私達三兄弟も手伝うことになったのです。
雑誌や空き缶、傘など、どうやったらこんなにたくさんのごみがこの草の下に隠れているのかと思うくらい
あるのです。
春から夏にかけての早朝、親戚みんなでごみを拾うのだけどなかなか減っていかないのです。
ちなみにこの土地は祖母のものではなく、町のもの。
誰かがやらなければ、このごみは増え続けていったでしょう。
祖母の勝手な想いではあるけれど、ごみを拾いながら桜の植樹を始めたのです。
そして桜だけではなく、つつじなども植樹しました。
このごみ拾いは祖母が亡くなった後もしばらく続けましたが、私達が成長すると共にしなくなってしまいました。
ただ、父一人を除いては…。
祖母の意思を受け継ぎ、草刈り機を持ち出しては雑草を刈り、ごみを拾い、きれいな桜を楽しめるように手をいれています。
桜やつつじが大きくなり、毎年きれいな花を咲かせるとともに、このあたりをきれいにしてくださる方々が増えてきて、水仙やパンジーなどの花も楽しめるようになりました。
祖母と父の努力が実を結んでいます。
それでも、ごみは捨てられますが、少しずつ続けていることでこのきれいな風景は保たれます。
春だけではなく、夏や秋にも草刈り機を片手に出かけている父を思うと、「おばあちゃんの桜」が満開を迎えるこの時期には帰省したい気持ちになってしまいます。
少し時期は過ぎてしまったけど、次の帰省では、この通学路を散歩しようかな。
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