2010年09月06日
広島での友人との待ち合わせ前に少し時間があったので広島平和記念公園に足を運びました。
本通りを抜けて元安橋を渡り、右に曲がると川をはさんだ向こう岸に原爆ドームが見えてきます。
私自身、見慣れている風景ですが、広島市の街中に存在するこの原爆ドームは、初めて見る人には想像と違う形で目に飛び込んでくるようです。

もともとは、広島県産業奨励館として盛んに美術展が開催され、広島の文化拠点としても大きく貢献した建物です。
原爆炸裂後1秒以内に3階建ての本体部分がほぼ全壊したそうですが、中央のドーム部分だけは全壊を免れ、枠組みと外壁を中心に残存しました。
ドーム部分が全壊しなかった理由として、衝撃波を受けた方向がほぼ直上からであったことや窓が多かったことにより、爆風が窓から吹き抜ける(ドーム内部の空気圧が外気より高くならない)条件が整ったことなどがあげられるそうです。
ドーム部分は全体が押し潰される程の衝撃を受けなかったため、爆心地付近では数少ない被爆建造物(被爆建物)として残ったのです。
原爆ドームは原子爆弾の惨禍を示すシンボルとして知られていますが、1960年代には風化が進み、危険であるという意見や起こり、一部の市民からの「見るたびに原爆投下時の惨事を思い出すので、取り壊してほしい」という根強い意見も出始め、存廃の議論が活発になったそうです。
それでもいろいろな経緯があり、存在しているということは、私たちが戦争の歴史を知る上で、貴重な資料として必要とされているということなのでしょう。
被爆50年にあたる1995年に国の史跡に指定され、翌1996年12月5日には、ユネスコの世界遺産(文化遺産)への登録が決定されました。

[原爆の子の像] [平和の鐘]
世界遺産ブームの中、さまざまな年代・国籍の人が多く訪れるようになったこの広島平和公園でカナダから来られた男性と少し話をする時間がありました。
「Hello~♪」
と声をかけられたので
「Hi!!」
と返事をしたら呼び止められたのです。
観光で平和記念公園に来られてすれ違う人たちに声をかけるのに、誰からも私のような返事をしてもらえなかったそうです。
私が
「日本の人たちは、誰でも英語が話せるわけではないから何を話していいのか分からないし、どうしていいのか分からなくて、返事が出来ないだけだと思うよ。」
と答えると、彼は
「せっかく、広島の人たちと触れ合いたいと思ってきたのに…。」
と、悲しんでいました。

世界平和の発信をしている国際都市広島(私は、そう思っています!!)には、たくさんの観光客の方々が来られます。
英語で話すことが出来なくても、笑顔で
「Hello♪」
「Have a nice time!!」
と、軽く返事が出来て、小さなコミュニケーションが取れるような街になって欲しいなと思います。
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